倫理原則
ドルゴフの倫理原則とEPS
社会福祉士の倫理的意思決定 — 倫理的ジレンマへの対応と国家試験対策
「どちらも正しいけれど、どちらかを選ばなければならない」——現場で必ず出会う倫理的ジレンマに、どう向き合うかの枠組みです。
ドルゴフらが示した7つの倫理原則(EPS)には優先順位があり、原則どうしがぶつかったときの判断のよりどころになります。国家試験でもほぼ毎年出題される重要テーマです。
目次
倫理的ジレンマとは
専門職が直面する、価値の葛藤のことです。
ソーシャルワーク実践において、複数の倫理的根拠に基づく選択肢があり、それらが相反する場合に生まれる状況を指します。
- 1. 複数の選択肢がある
- どちらも倫理的な根拠をもっている
- 2. 相反する価値
- 両立が困難な状況にある
- 3. 判断の困難性
- どちらを選んでも、何らかの倫理的問題が残る
- 4. 専門職の責任
- 適切な判断と、説明責任が求められる
| ぶつかりあうもの | どういう場面か |
|---|---|
| クライアントの自己決定 ⇔ 生命・安全の保護 | 利用者が危険な選択を望む場合、その意思を尊重すべきか、安全を優先すべきか |
| 守秘義務の遵守 ⇔ 第三者への危害防止 | クライアントの秘密を守るべきか、他者への危害を防ぐために情報を開示すべきか |
| クライアントへの責任 ⇔ 所属機関への責任 | クライアントの利益と組織の方針が対立する場合、どちらを優先すべきか |
国家試験での出題実績
| 年度 | 回 | 科目 | 出題内容 |
|---|---|---|---|
| 令和6年度 | 第37回 | ソーシャルワークの基盤と専門職 | 問69 ドルゴフの倫理原則に関する理論問題 |
| 令和5年度 | 第36回 | — | 倫理的ジレンマの事例問題 |
| 令和元年度 | 第32回 | 相談援助の基盤と専門職 | 問96 病院退院支援における倫理的ジレンマの事例 |
| 平成27年度 | 第28回 | 相談援助の基盤と専門職 | 問95 物品受領に関する倫理的ジレンマの事例 |
ドルゴフらが提唱した意思決定の枠組み
Dolgoff, Loewenberg, Harrington(2009)は、ソーシャルワーカーが倫理的ジレンマに直面したときの意思決定を支援するため、体系的な枠組みを示しました。
- ① ERS(倫理規則スクリーニング/Ethical Rules Screen)
- 第一段階:まず倫理綱領や法令、所属機関の規則を確認します。
明確な規則がある場合は、それに従います。
ただし、規則だけでは判断できない複雑なジレンマも存在します。 - ② EPS(倫理原則スクリーニング/Ethical Principles Screen)
- 第二段階:ERSで判断が難しいときに使います。
7つの倫理原則に優先順位をつけたリストで、原則どうしがぶつかったときに、どの原則を優先すべきかを判断する基準になります。
流れとしては、規則の確認(ERS)→ 判断できるか? →(できなければ)原則の適用(EPS)という順になります。
EPS — 複雑なジレンマを解く羅針盤
- 1. 優先順位の明確化
- 7つの原則に、番号順の優先順位がある
- 2. 理論と実践の橋渡し
- 抽象的な倫理理論を、実践に応用できる
- 3. 説明責任の支援
- 判断の根拠を、明確に説明できる
- 4. 普遍的基準
- 個人の価値観に左右されない、客観的な基準になる
| 場面 | 内容 |
|---|---|
| 場面1 | クライアントの自己決定と安全確保が対立する場合 |
| 場面2 | 守秘義務と通報義務が葛藤する場合 |
| 場面3 | 個人の利益と社会的公正が相反する場合 |
7つの倫理原則(優先順位つき)
数字が小さいほど優先度が高くなります。
| 順位 | 倫理原則 | 英語表記 | 概要 |
|---|---|---|---|
| 1 | 生命の保護 | Protection of Life | すべての人間の生命を守ることが最優先 |
| 2 | 平等と不平等 | Equality and Inequality | 平等な扱い、不平等の解消、社会正義の実現 |
| 3 | 自己決定と自由 | Autonomy and Freedom | 利用者の自律性と選択の自由を尊重 |
| 4 | 最小限の害 | Least Harm | 危害を可能な限り最小限に抑える |
| 5 | 生活の質 | Quality of Life | 利用者のQOL向上を支援 |
| 6 | プライバシーと守秘義務 | Privacy and Confidentiality | 個人情報の保護と秘密保持 |
| 7 | 誠実と情報開示 | Truthfulness and Full Disclosure | 誠実な対応と適切な情報提供 |
原則の間で葛藤が生じた場合は、番号が小さい原則を優先します。ただし状況に応じた柔軟な判断も必要で、複数の原則を総合的に考えることが求められます。
各原則の意味と実践への応用
- 原則1 生命の保護
- 危険な状況にある人々を保護することが最優先。
例:自殺企図のあるクライアントへの緊急介入 - 原則2 社会正義、平等と不平等
- すべての人が平等に扱われるべき。不当な差別の回避と社会正義の促進。
例:特定の利用者を優遇しない、公平なサービス提供 - 原則3 自己決定と自由
- 利用者が自らの意思で生活や選択を決定できる権利。
例:施設入所ではなく在宅生活を選択する権利の尊重 - 原則4 最小限の害
- 利用者や他者への危害を最小限に抑える。
例:やむを得ず行動制限する場合でも、最小限の範囲で - 原則5 生活の質(QOL)
- 充実した生活を送れるよう支援する。
例:単なる延命ではなく、その人らしい生活の実現 - 原則6 プライバシーと守秘義務
- 個人情報の適切な管理と秘密保持。
例:業務上知り得た情報を第三者に漏らさない - 原則7 誠実と情報開示
- 利用者に対する誠実な対応と、必要な情報の提供。
例:サービスの内容や限界を正直に説明する
倫理的ジレンマ解決のステップ
| すること | 中身 | |
|---|---|---|
| 1 | 事実の把握 | 何が起きているのかを確かめる |
| 2 | 関係者の価値・権利の整理 | 誰の、どの価値や権利がぶつかっているか |
| 3 | ERS(倫理規則スクリーニング)の適用 | 倫理綱領・法令・規則で判断できるか? |
| 4 | EPS(倫理原則スクリーニング)の適用 | 判断が難しいとき。どの倫理原則が関係するか? |
| 5 | 優先順位の決定 | 番号が小さい原則を優先。複数原則を総合的に考える |
| 6 | 決定の理由づけと記録 | なぜその判断をしたのか、説明できるようにする |
優先順位の原則と説明責任
- 生命の保護が最上位である理由
- 生命は取り戻せない、最も基本的な権利だからです。すべての倫理原則の前提になります。
- 原則間の葛藤が起きたとき
- 番号が小さい原則を優先しますが、状況の総合的な判断も必要です。機械的な適用ではなく、専門職としての思考力が求められます。
- 説明責任
- どの原則を優先し、なぜその判断をしたのかを、論理的に説明できることが重要です。記録に残し、透明性を確保します。
実践事例:児童虐待が疑われるケース
社会福祉士のAさんは、母親のBさんから家庭の相談を受けています。Bさんは「最近、夫が子ども(5歳)に対して厳しすぎて心配」と話しました。詳しく聞くと、身体的暴力の可能性が疑われます。Bさんは「誰にも言わないでほしい。夫に知られたら大変なことになる」と懇願しています。
| ぶつかる原則 | 守ろうとしているもの |
|---|---|
| 原則6 守秘義務 | Bさんとの信頼関係の維持/「誰にも言わないで」という約束の尊重/プライバシーの保護 |
| 原則1 生命の保護 | 子どもの安全確保/虐待の防止と早期介入/生命・身体への危害防止 |
| ステップ | この事例では | |
|---|---|---|
| ① | 事実把握 | 児童虐待の可能性、母親の懇願、子どもの安全リスク |
| ② | 価値整理 | 守秘義務 ⇔ 子どもの生命・安全 |
| ③ | ERS適用 | 児童虐待防止法により通報義務あり |
| ④ | EPS適用 | 原則1(生命保護)⇔ 原則6(守秘義務) |
| ⑤ | 優先順位決定 | 原則1が優先 → 通報を選択 |
| ⑥ | 理由づけと記録 | 子どもの生命・安全が最優先。母親には丁寧に説明し、支援の継続を約束する |
現場の事例:前頭側頭型認知症の方の在宅生活をめぐって
管理人が実際に関わった事例です。個人が特定されないよう、年齢や日取りはぼかしてあります。
その方は60代の男性で、まだ初期の状態でした。集合住宅で一人暮らしをしながら、毎週、当施設のショートステイを連泊で利用していました。
ショートステイが終わると近所のコンビニに寄り、ラッキーストライクのタバコと「パルム」というアイスを買って、家で楽しむ。それがその方のルーティンになっていました。
2年ほど経ったある日、担当のケアマネジャーから「ちょっと緊急でカンファレンスを開きたい。ばっふぁさん、時間を取れますか」と連絡がありました。「大丈夫ですけど、何かあったのですか」と事情を聞くと——
排泄物で汚れた衣類のままコンビニに行き、会計前のアイスをその場で開けて食べてしまった。それが2日続けて起きた、というのです。
当然、警察に通報されました。ただ、警察も慣れていて分かったのでしょう。「これは司法ではなく福祉だ」と。警察から市役所へ、市役所からその地域を管轄する地域包括支援センターへ、そしてケアマネジャーへと連絡が回り、緊急のカンファレンスとなりました。
奥さんとは離婚されていて、息子さんがいましたが、別々に暮らしていました。息子さんも呼んでの話し合いです。
息子さんのカンファレンスでの第一声は、「ばっふぁさん、もう無理です。特養に入れませんか」でした。
長いお付き合いでしたし、事情も重大です。すぐにというわけにはいきませんが、優先順位を一番上にしてお部屋を準備しますと回答しました。関係者も、それしかないね、と口をそろえました。
ところが、その場にいたご本人に意思を確認すると——
「いやだ。この家にいる」
と、明確に拒否されたのです。
本人の意向を最優先する。主権は利用者にある。もちろん、この大前提があります。しかし、この場面では在宅生活を続けることが難しい事情がありました。
- 集合住宅でタバコを吸っている … 判断力が落ちてきた状態での火の扱いは、火災につながりかねません。それは同じ建物に暮らす他の住民の生命と財産を脅かします
- 店での行為 … 会計前の商品を開けて食べてしまう行為が繰り返されれば、地域の中で暮らし続けること自体が難しくなっていきます
つまり、社会正義(平等と不平等)という観点から見ると、在宅生活を続けることは難しい状況でした。人はみな平等であり、同等の権利をもちます。それは社会的に弱い立場にある人だけでなく、周りで暮らす人たちも同じです。誰かのために誰かが犠牲になる、というものではありません。
生活の質よりも、自己決定よりも優先されるべき社会正義が守られない。もしくは、命が守られない可能性もある。——まさにソーシャルワークのジレンマでした。
| 原則 | この事例では |
|---|---|
| 原則1 生命の保護 | 火災などにより、ご本人と周囲の方の命が失われる可能性 |
| 原則2 平等と不平等(社会正義) | 同じ建物に暮らす他の住民の安全と権利も、同等に守られるべきもの |
| 原則3 自己決定と自由 | 「この家にいる」というご本人の明確な意思 |
| 原則5 生活の質 | 住み慣れた家での暮らしと、毎週の楽しみ |
番号が小さい原則が優先される——EPSに沿えば、原則1と原則2が、原則3と原則5より先に来ます。
そこでドルゴフの倫理原則のスクリーンに沿い、ご本人の意向は正直なところ後回しにして、施設に移っていただきました。
組織・チームとしての倫理的意思決定
| ぶつかりあうもの | 場面 |
|---|---|
| 利用者の自己決定 ⇔ 安全確保 | 認知症高齢者の一人暮らし継続希望と、転倒のリスク |
| クライアントへの責任 ⇔ 所属機関への責任 | 病院の早期退院方針と、患者の不安(第32回 国試の事例) |
| 個人の価値観 ⇔ 専門職倫理 | 利用者からの物品受領と、信用失墜行為(第28回 国試の事例) |
- 個人判断の限界
- 一人で抱え込まない。複雑なジレンマには複数の視点が必要です。
- チーム内での価値共有
- スーパービジョン、ケースカンファレンスの活用。
- 組織的な支援体制
- 倫理委員会、相談窓口の活用。
- 記録と説明責任
- 判断の過程を記録し、説明できるようにする。
3つの理論を並べて見る
バイステックの7原則・ドルゴフの倫理原則・ソーシャルワークの定義は、どれも「専門職の価値」を示すものです。並べると、それぞれの役割の違いが見えてきます。
| バイステックの7原則 | ドルゴフの倫理原則(EPS) |
|---|---|
| 個別化 | 1 生命の保護 【優先度:高】 |
| 意図的な感情表出 | 2 社会正義(平等と不平等) |
| 統制された情緒的関与 | 3 自己決定 |
| 受容 | 4 被害最小 |
| 非審判的態度 | 5 生活の質 |
| 自己決定 | 6 守秘義務 |
| 秘密保持(守秘義務) | 7 誠実と開示 【優先度:低】 |
7つの原則それぞれの中身はバイステックの7原則の資料に、専門職の価値の土台についてはソーシャルワークのグローバル定義の資料にまとめてあります。
ソーシャルワーク専門職は、人権と集団的責任の共存が必要であることを認識する。集団的責任という考えは、一つには、人々がお互い同士、そして環境に対して責任をもつ限りにおいて、はじめて個人の権利が日常レベルで実現されるという現実、もう一つには、共同体の中で互恵的な関係を確立することの重要性を強調する。したがって、ソーシャルワークの主な焦点は、あらゆるレベルにおいて人々の権利を主張すること、および、人々が互いのウェルビーイングに責任をもち、人と人の間、そして人々と環境の間の相互依存を認識し尊重するように促すことにある。
試験で問われる「倫理的ジレンマ」への対応
- 理論問題 … ドルゴフの7つの倫理原則の内容と優先順位
- 事例問題 … 具体的な場面での倫理的ジレンマの判断
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 定義 | 複数の倫理的根拠が相反する状況 |
| 7原則 | 優先順位とともに正確に覚える(生命の保護 → 平等 → 自己決定 → 最小限の害 → QOL → 守秘義務 → 誠実) |
| 優先順位 | 生命の保護が最上位である理由を理解する(生命は取り戻せない、最も基本的な権利) |
| 事例思考 | どの原則が関係し、どれを優先すべきか判断する訓練 |
| 説明力 | なぜその判断をしたのか、論理的に説明できる力 |
| 避けたい学習法 | おすすめの学習法 |
|---|---|
| 原則の名称だけを丸暗記する | なぜその原則が優先されるのかを理解する |
| 優先順位の番号だけを覚える | 過去問で実際に考える訓練をする |
| 過去問を解かずに理論だけ学ぶ | 実習経験と結びつけて学ぶ |
まとめ
- ERSとEPSの使い分け
- ERS=まず倫理綱領・法令・規則を確認する。
EPS=規則で判断が難しい場合に、7つの原則を活用する。
| 姿勢 | 中身 | |
|---|---|---|
| 1 | 倫理的感受性 | ジレンマに気づく力 |
| 2 | 理論的思考 | EPSなどの枠組みを活用する |
| 3 | 説明責任 | 判断の根拠を明確に説明する |
| 4 | 継続的学習 | 実践を通じて倫理観を磨く |
| 5 | チームでの協働 | 一人で抱え込まず、スーパーバイザーや同僚と相談する |
倫理的ジレンマは避けられませんが、適切に対応する力は身につけられます。理論と実践を結びつけ、専門職としての倫理的意思決定力を磨いていきましょう。
参考にした資料
- Dolgoff, R., Loewenberg, F. M., Harrington, D. 『Ethical Decisions for Social Work Practice』(2009)
- 国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)・国際ソーシャルワーク学校連盟(IASSW)「ソーシャルワーク専門職のグローバル定義」(2014年7月採択)
この資料は、管理人(ばっふぁ)が講義用に作成したものです。
「3つの理論を並べて見る」の章は、別に作った1枚ものの対照表をここにまとめました。