グローバル定義
ソーシャルワークのグローバル定義にみる「人権と集団的責任」
個の尊厳と共の責任の調和をめざして
2014年に採択された「ソーシャルワーク専門職のグローバル定義」を手がかりに、人権と集団的責任がどう結びついているかを読み解く資料です。
個人の権利は、他者や環境への責任を通してはじめて日常のレベルで実現される——この考え方が、グローバル定義の哲学的な核心にあります。
目次
なぜグローバル定義が必要なのか
ソーシャルワークは世界中で実践される専門職であり、その使命と価値観を明確にする共通の基盤が必要です。
2014年7月、国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)と国際ソーシャルワーク学校連盟(IASSW)は、メルボルンでの総会において「ソーシャルワーク専門職のグローバル定義」を採択しました。
この定義は、各国・地域の文化的多様性を尊重しながらも、ソーシャルワークの中核となる原理を世界共通のものとして位置づけています。
定義策定の背景には、西欧中心的な価値観への反省があります。従来、ソーシャルワークの理論や実践は西洋の知識体系に依存してきましたが、グローバル定義では地域・民族固有の知(indigenous knowledge)を明示的に尊重し、先住民の知恵や文化的伝統を専門職の基盤として認めています。これは、植民地主義の歴史を乗り越え、真に多文化的な専門職を構築しようとする試みです。
グローバル定義(本文)
ソーシャルワークは、社会変革と社会開発、社会的結束、および人々のエンパワメントと解放を促進する、実践に基づいた専門職であり学問である。
社会正義、人権、集団的責任、および多様性尊重の諸原理は、ソーシャルワークの中核をなす。
ソーシャルワークの理論、社会科学、人文学、および地域・民族固有の知を基盤として、ソーシャルワークは、生活課題に取り組みウェルビーイングを高めるよう、人々やさまざまな構造に働きかける。
この定義は、各国および世界の各地域で展開してもよい。
この定義は、ソーシャルワークが単なる援助技術ではなく、社会変革を志向する実践であることを明確にしています。「人々やさまざまな構造に働きかける」という表現は、個人への支援と同時に、不平等や抑圧を生み出す社会構造そのものへの介入を含んでいます。
中核をなす4つの原理
- 1. 社会正義(Social Justice)
- すべての人が公平に資源や機会にアクセスでき、構造的な不平等や差別が是正された状態のこと。ソーシャルワークは、貧困、差別、搾取、抑圧といった社会的不正義に挑戦し、より公正な社会の実現をめざします。
「平等と不平等」とも表現されます(ドルゴフの倫理原則とEPSでは、7つの原則の2番目がこの名前で置かれています)。
人はみな平等であり、同等の権利をもちます。それは社会的に弱い立場にある人だけでなく、健常者も同じです。社会的弱者のために健常者が犠牲になる、というものではありません。
この考え方は、3つ目の原理である集団的責任とつながっています。 - 2. 人権(Human Rights)
- すべての人が生まれながらにもつ尊厳と権利のこと。市民的・政治的権利(第一世代)、社会経済的・文化的権利(第二世代)、環境や世代間平等の権利(第三世代)が含まれ、これらは相互に依存し補強しあう関係にあります。
- 3. 集団的責任(Collective Responsibility)
- 人々がお互いに、そして環境に対して責任をもつという考え方。個人の権利は孤立して存在するのではなく、他者や環境への責任を通して初めて実現されます。共同体における互恵的な関係の構築が重視されます。
- 4. 多様性尊重(Respect for Diversities)
- 文化、民族、宗教、性別、性的指向、障害の有無など、あらゆる違いを認め、それぞれの価値を尊重すること。ただし、多様性の名のもとに人権が侵害される場合には、建設的な対話を通じて変革を促します。
これら4つの原理は独立したものではなく、相互に結びつき、補完しあう関係にあります。
人権は、他者と環境への責任を通して実現される
ソーシャルワーク専門職は、人権と集団的責任の共存が必要であることを認識する。集団的責任という考えは、一つには、人々がお互い同士、そして環境に対して責任をもつ限りにおいて、はじめて個人の権利が日常レベルで実現されるという現実、もう一つには、共同体の中で互恵的な関係を確立することの重要性を強調する。
この一節は、グローバル定義の最も重要な哲学的洞察を示しています。現代社会では「個人の権利」が強調されることが多いのですが、ソーシャルワークは、権利が真に実現されるためには、他者や環境に対する責任の自覚が不可欠であると主張します。これは、行き過ぎた個人主義への批判的な視座であり、相互依存的な人間存在の本質を捉えた理念です。
人権と責任は対立するものではなく、相互に支えあう関係にあります。私たちが自由に生きる権利は、他者の自由を尊重し、共同体の持続可能性に配慮する責任と表裏一体なのです。
集団的責任がもたらす二つの重要な視点
- 第一の意味:個人の権利の実現条件
- 個人の権利が日常レベルで実現されるための条件を示しています。たとえば、言論の自由という権利は、他者の名誉を尊重する責任と結びついて初めて社会的に機能します。住居の権利は、環境への配慮や地域コミュニティへの貢献という責任と共に実現されます。権利の行使は常に他者や環境への影響を伴うため、責任の自覚なしには持続可能な権利保障は成立しません。
- 第二の意味:互恵的関係の構築
- 共同体における互恵的な関係の重要性を強調しています。互恵性とは、一方的な援助や依存ではなく、相互に支えあい、それぞれが与え受け取る関係性のことです。ソーシャルワークは、人々が孤立した個人としてではなく、相互依存する存在として生きることを支援します。
相互依存の構造
グローバル定義は、「人々が互いのウェルビーイングに責任をもち、人と人の間、そして人々と環境の間の相互依存を認識し尊重するように促すこと」をソーシャルワークの主な焦点の一つとしています。
相互依存とは、私たちの存在が他者や環境との関係の中で成り立っているという認識です。
- 人と人の相互依存
- 私たちは誰も一人では生きられません。家族、友人、同僚、地域の人々との関係の中で、支えられ、支え、成長していきます。この相互依存性は、脆弱性と強さの両方を含んでいます。他者に依存することは弱さではなく、人間存在の本質的な特徴です。ソーシャルワークは、この相互依存を否定するのではなく、より健全で互恵的な関係へと変容させることをめざします。
- 人と環境の相互依存
- 人間は自然環境なしには生存できません。気候変動、環境破壊、資源枯渇といった現代の課題は、人間と環境の相互依存性を無視してきた結果です。グローバル定義が「第三世代の権利」として自然界や世代間平等の権利を位置づけているのは、環境への責任が人権の不可欠な要素であることを示しています。
三世代の人権と責任の統合
| 内容 | 対応する責任 | |
|---|---|---|
| 第一世代の権利 市民的・政治的権利 | 言論の自由、良心の自由、拷問や恣意的拘束からの自由など | 他者の同様の権利を尊重する責任と結びついている。自由な発言は、他者の名誉や安全を脅かさない範囲で保障される |
| 第二世代の権利 社会経済的・文化的権利 | 合理的なレベルの教育・保健医療・住居・少数言語の権利など | 社会全体の資源配分と連帯の責任に基づいて実現される。すべての人が人間らしい生活を送る権利は、社会的な支えあいなしには保障されない |
| 第三世代の権利 環境と世代間平等の権利 | 自然環境の保全、生物多様性の維持、将来世代への配慮など | 現在世代が環境に対して負う責任を明確にする。私たちは地球を未来の世代から借りているという視点が求められる |
ソーシャルワークは「人々のために」ではなく「人々とともに」働く
グローバル定義の注釈「実践」の項では、「ソーシャルワークは、できる限り、『人々のために』ではなく、『人々とともに』働くという考え方をとる」と明記されています。これは、支援を受ける人々を受動的な対象としてではなく、能動的な主体として尊重する姿勢を示しています。
- エンパワメントと解放
- 「人々とともに」働くとは、人々が自らの力を発見し、自己決定し、自らの人生と社会を変革していく過程を支援することです。ソーシャルワーカーは、答えを与える専門家ではなく、人々の希望、自尊心、創造的力を引き出す触媒となります。
- 人と環境の接点への介入
- ソーシャルワークの正統性は、「人々がその環境と相互作用する接点への介入」にあります。個人の内面だけでなく、家族、地域社会、制度、政策といった環境にも働きかけます。ミクロ(個人)、メゾ(集団・地域)、マクロ(社会構造)の各レベルで、人々とともに変革を追求します。
- 構造的障壁への挑戦
- 「人々とともに」働くことは、不平等、差別、搾取、抑圧といった構造的障壁に挑戦することを含みます。個人の努力だけでは乗り越えられない社会的障壁を、集団的な行動を通じて変革していきます。社会正義の実現は、個人支援と社会変革の両輪によって達成されます。
- 互恵的な関係
- ソーシャルワーカーと支援を受ける人々の関係も、一方的なものではなく互恵的です。ソーシャルワーカーは人々から学び、人々の知恵や経験を尊重します。この相互性こそが、集団的責任の実践的表現です。支援する側と支援される側という固定的な関係ではなく、共に学び成長する関係性を構築します。
現代社会への問いかけ
現代社会は、個人の権利と自由を重視する一方で、孤立、分断、環境破壊といった問題に直面しています。行き過ぎた個人主義は、他者や環境への責任の軽視をもたらし、結果的に誰もが生きづらい社会を生み出しています。グローバル定義が示す「人権と集団的責任の共存」という理念は、この現代的課題への応答です。
ソーシャルワークは、「個の尊厳」と「共の責任」の調和をめざす実践です。一人ひとりの尊厳と権利を守りながら、同時に、互いのウェルビーイングに責任をもち、相互依存を尊重する社会を築くことが使命です。これは容易な道ではありませんが、この緊張関係の中でバランスを追求することこそが、ソーシャルワークの専門性の核心です。
参考にした資料
この資料は、管理人(ばっふぁ)が講義用に作成したものです。引用したグローバル定義の本文と注釈は、原文のまま掲載しています。