取り残しのない
災害支援と福祉
災害支援と福祉
取り残しのない災害支援と福祉
Leaving No One Behind
災害が起きたとき、もっとも支援を必要とする人ほど、支援から遠ざかってしまう。
これは心構えの話ではなく、実際に起きたことです。この資料は、その現実から始めて、災害時に福祉職が何をする立場にあるのかを見ていきます。
目次
東日本大震災の現実

なぜ、これほどの差が生まれたのか。主な要因として、次の3つが考えられています。
- 社会的孤立 … 日ごろから地域とのつながりが薄く、誰も安否を気にかけなかった
- 情報の壁 … 避難の呼びかけが届かない、届いても理解できない
- 支援体制の不備 … 避難の手助けをする仕組みが、事前に用意されていなかった
災害時の「要配慮者」とは
災害対策基本法による定義。防災施策において、特に配慮を要する人々のことです。
- 高齢者・障害のある人
- 移動が困難。情報の取得・理解にも支援を要します。
- 乳幼児・妊産婦
- 体調の変化が大きく、特別な配慮を必要とします。
- 外国人
- 言葉の壁があり、土地勘もありません。
- 旅行者・帰宅困難者
- 地域とのつながりがなく、孤立しやすい立場にあります。
要配慮者のうち、災害時に自ら避難することが難しく、避難の支援を特に必要とする人を避難行動要支援者といいます。市町村は、その名簿を作ることが義務づけられています。
災害とは何か
激甚災害制度は、地方公共団体の災害復旧事業への国庫補助のかさ上げや、中小企業者への保証の特例など、財政援助・助成措置が中心です。中央防災会議の意見を経て、政令によって指定されます。
- 令和6年能登半島地震(2024)
- 令和5年6月・7月の大雨(2023)
- 令和3年7月・8月の大雨(2021)
- 令和2年7月豪雨(2020) など
避難生活での「孤立死」を防ぐ
過去の大災害では、避難生活中の孤立死や災害関連死が大きな問題になりました。
阪神・淡路、中越、東日本、熊本、能登半島。同じことが繰り返されています。
- 持病の悪化
- ストレスや疲労による急病
- 避難所に適応できないことによる関連死(エコノミークラス症候群・低体温・熱中症など)
- 自死
この二次被害を防ぐために、DWATによる早期の福祉的介入が欠かせません。
災害派遣チームの比較
分野・職種・役割・活動時期が、それぞれ違います。
| チーム | 分野 | 主な職種 | 役割 | 活動時期 |
|---|---|---|---|---|
| DMAT | 医療 | 医師・看護師・薬剤師・技師、業務調整員(ロジ)など | 救命、急性期対応、トリアージ | 発災直後〜数日(概ね48〜72時間) |
| DPAT | 精神医療 | 精神科医・看護師・精神保健福祉士・公認心理師 など | 精神保健、心のケア | 発災数日後〜数か月・数年(長期にわたる) |
| JRAT | リハビリ | 医師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士 など | 生活不活発病の予防、環境整備、リハビリ | 発災4〜5日後〜数か月(DMAT撤収後〜) |
| DWAT(DCAT) | 福祉 | 社会福祉士・介護福祉士・介護支援専門員・保育士 など | 要配慮者ケア、生活支援、環境整備、避難所運営支援、マッチング・調整 | 発災数日後〜避難所閉鎖(長期滞在型) |
DWATの一員として
取り残しのない支援を実現するために。
| 時期 | 災害 | 派遣元 |
|---|---|---|
| 平成28年4月 | 熊本地震 | 熊本・岩手・京都 |
| 平成28年10月 | 岩手水害 | 岩手 |
| 平成30年7月 | 豪雨 | 岡山・青森・岩手・群馬・静岡・京都 |
| 令和元年 | 台風19号 | 宮城・福島・栃木・群馬・埼玉・長野 |
| 令和2年7月 | 豪雨 | 熊本 |
| 令和3年7月 | 豪雨 | 静岡 |
| 令和5年 | 豪雨災害 | 大分 |
| 令和6年 | 能登半島地震 | 全都道府県 |
- 1.ニーズの発見
- 潜在的な課題に気づき、把握する。声を上げられない人ほど見つけにくいので、こちらから出向きます。
- 2.環境調整・連携
- 多職種・行政・地域と連携する。誰がどこまでを担うのかを整理します。
- 3.支援の実施
- 生活支援・相談・環境整備など。避難所を「暮らせる場所」に近づけます。
- 4.権利擁護・つなぎ
- 尊厳を守り、制度へつなぐ。避難所を出たあとの暮らしまで見通します。
まとめと問い
この現実に向き合い、「取り残さない支援」を実現するために ──
これからの演習で、具体的に何を学ぶか。ここから考えていきましょう。
参考にした資料
この資料は、管理人(ばっふぁ)のソーシャルワーク演習④の資料をもとに、サイトで読める形に組み直したものです。
もとの資料に入っていた被災地の写真は、権利の条件がつくものだったため使っていません。かわりに、条件なしで使えるパブリックドメインの写真を1枚だけ載せています。